えいご

今まで長文読解をする是非について言ってきましたが、結局必要ではあるという結論に達しました

確かにセンター試験のような解が与えられている問題を解こうと思ったら、Netflixや英会話が1番最適な学習法だとは今も思ってますが、模試での記述英語の採点のついてこなさ加減を目の当たりにし、今の自分に足りないものが何か分かりました

それは他でもない、長文読解で得られるであろう文章読解術です

これが微塵も育成できてなかった、どころか落ちぶれていました

そりゃそうだ

なんでこのことに気づけなかったのかを考えた時に、思うのは

疲れるから

です。ただ多読をする、読み流す、確かに楽といえば楽だし楽しい

し、それによって補われる能力はある

ソレは事実ですが、それに甘えていた

結局楽をしたかっただけなんですね

これはただ僕が悪いのか、たくろうという状況が良くないのか、ハッキリしませんが、絶対改善しなければいけない

ということで、

これからは英語学習として、読書の時間を、早慶などの、ハイレベルな記号問題に取り組んでいこうと思います

記述だと答え合わせが結局なぁなぁになってしまう危険があるので、高度な読解能力が問われる問題に挑戦していきたいと思います

これで点数が伸びてくれればいいですが、夏までやって結果が出なかったら(全教科トータルで)、おそらく予備校に行きます

井の中の蛙

宅浪してて1番怖いのは井の中の蛙になることだと

僕はやる前から思ってたしブログにも書いてたと思うんですが、

結果そうなっていたと言わざるを得ないここまでの進捗

今年の2月頃から本格的に始めて早4ヶ月

僕に進歩は見られるのか

結果を焦ってはならないというのは、ただしく進んでいるという根拠があって、たまたま結果に現れていないだけだったり、成功が約束されているような取り組みをしている場合に限って適応されるコトバデアッテ、

決してそうではない場合に、この言葉を安易に信用して、取り組み方を変えないというのは、あまりにも浅慮的であり、愚策ではないかと思います

1年間頑張るプロセスが大事だとは、あまり思ってはいないので、だめだと思ったらいつでもやめるし、ここまで自分で決めたことを最大限取り組んだ結果、思わしくない返答ばかり帰ってくる状況に、なんの意味も感じられない

それが物凄く辛いです

一つのことをやり抜く先に何があるのか

このまま進んでいって、かすりもしない結末になったときに、僕はきっと死んでしまいたくなる

病んでいる

ものすごく病んでいる

人生史上最大かもしれない

まあこんなに重たい話をしてしまって申し訳ありませんが、センチメンタルになってしまっている今のこの心情を一度吐き出したかっただけです

だって僕だってもっと他にもいろいろやりたいこと山ほどあるしー、彼女だってほしいしー、月にだって行きたいしー、

イーロンマスクにあいたいしー、たくさん誰かと話したいしー、もう海ほどもあるわけです

東大生はすげぇや

もう毎日思う

そりゃ、一部全然勉強しずに入れた天才はいるだろうけど、大半はそうじゃないでしょう

別に東大に限った話ではないですけどね。

どれだけの正しい努力を積み上げたのか

そりゃもうエベレストは超えるんだろうなぁ、、、


皆さんはどうでしょうか

相対的に裏付けられた本当の意味でのコンフィデンスマンになってきているでしょうか?

そのまま合格できると最高ですね

そうじゃない人でも、ここに最大級に悩んで勉強できていないという最底辺もいますから、安心してください

今はもう一度根拠のない自信を頼りに、突き進むしかないんだろうなぁ

ただ、やり方は変えないと仕方ないので、1度タスク制を廃止します

やる事はだいたい決めて、あとはじっくりそれと向き合いながら進めようかな

ちょっと心を休ませながらね

さぁ、もう一度立ち上がって頑張るぞ!!